top of page

できない自分を笑えるか

  • 2023年11月22日
  • 読了時間: 3分

更新日:2024年6月14日

思ったように踊れないとき、私たちは次のどちらかの態度になります。

①「踊れない」「恥ずかしい」とひたすら落ち込んでしまう人

②踊れない自分を客観的に見て笑える人


私がベリーダンスを習い始めてかなり経った頃(7年目とか?)、トルコのベリーダンスフェスティバルに行きました。


そこには各国の有名なベリーダンサーが集結して、3日間トップダンサーのWSを受け放題!というイベントでした。


私も取れるだけWSを受けたんだけど、その中のひとつ、トルコのロマダンスの先生のWSでの出来事です。


彼女は地方のトルコ語?みたいで、通訳はなし。

とにかくまず言葉がわからない。

そしてロマダンス特有のリズムの取り方もわからない。

ロマダンス特有の動かし方もわからないし、もちろん振付もついていけない。

その時の私は本当にひどいものでした。


それまでベリーダンス経験もまぁまぁ長く、まわりからも「踊れる方の人」というベテラン生徒的立ち位置だったし、自分でも「そこそこはついていけるだろう」と思っていたんですね。


もう全然だめ。始まって20分くらいはできなすぎて、恥ずかしくて、一刻も早く逃げ出したい心境でした。

なにもかもができない。ちっぽけなプライドはボキボキに折れました。

でもそのうち、あまりにもできないヘコヘコダンスな自分が面白くなってきて…


隣で同じようにテンパっていた友達と目を合わせてからはもうお互い爆笑しながらヘコヘコダンスで精一杯レッスン受けたよね。

終わった後は笑いすぎて腹筋痛かったし、その日はずっと思い出し笑いのツボにはまっていました。


いま私はダンスを教える立場にいますが、最初の数年はできないことだらけ。

当たり前です。

そのときに①のようにひたすら落ち込んでしまうのか、それとも②のように笑えるのか。


落ち込むということは「自分はできるはず、なのにできない。できない自分はだめだ。」とありのまの自分を否定している行為です。


一方で、できない自分を笑えるということは「みっともないありのままの自分をポジティブに受け入れている」ということ。

自己評価が高すぎたり、下手なプライドを持っているうちは自分の失態を笑えません。


それでどっちが上達するかといえばやはり後者なのです。

ダンスは「自分を受け入れて愛する行為」なのでね。


下手な今の自分を受け入れられないとつい言い訳をしてしまったりして、謙虚になって上達していくことがなかなか難しいんです。

プライドが傷つくことに耐えられなくて、基礎すらできるようになる前にやめちゃったり。


そしてこれはメンタルケアの面からみても重要なこと。打たれ強いのはやはり後者ですね。


すぐできるようにならないのは当たり前。

できるようになるまでの過程を楽しめる人はきっと何をやっても幸福で、よりよく変化し続けていける人です。

変な動きをしている鏡の中の自分を笑ってやりましょう。

最新記事

すべて表示
ダンスは全身のバランスが重要

ダンスは全身を使って踊ります。 だから本当は「ここだけ気を付ければいい」「ここだけ鍛えればいい」というものではなくて、 【全身のバランスを整える⇒バランスよく使う】 が理想。 さらに、私たちが生きて毎日社会生活を営んでいる以上、全身のバランスは毎日変わります。 だから【一度整えたらおわり】ではなくて 【日々、そのつど微調整】 が正解です。 例)繁忙期で丸1日デスクワークにかじりついていたら、どんな

 
 
 
成長スピードはひとそれぞれ

いろんなタイプの人がいるので、成長の仕方も人それぞれなのは当然です。 そしてたぶん一般論として「こうやったらいいのに」と言われても、性格的にそうできない人も多いと思いますが… 慎重であることと、失敗を恐れることは似て非なるもの。 「変化したくない、今のままでいい」という人もいるかもですが、生きているかぎり現状維持は長い目で見ると衰退です。 また、相対的な視点から考えても「まわりが成長していて自分だ

 
 
 
何にあわせて踊っているか

ずっと体験的に思っていたことだけど、何かの参考になればと思って書いておきます。 「文章やビジュアルで見て理解するのが得意な人」「話を聴いて理解するのが得意な人」「実際に身体を動かして理解するのが得意な人」など、物事を理解するときの優位な感覚器官は人それぞれ違います。 それと同じように、ダンスを踊る人たちにも「何にあわせて踊っているか」は人それぞれだなぁと思っていて。 「私はこのタイプ」とぱきっと分

 
 
 

コメント


bottom of page